一歩先んず 第6回

新聞連載
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昭34、独メルセデス社から自動印刷機を輸入す

ワンライテング伝票会計システムの開発に成功し、その経営路線に自信を得た専務の山口桂治郎は、より積極的に理想の経営にチャレンジしていった。
昭和三十四年、事務機用帳票工場の増設を実現させると、思い切った設備投資に踏み切った。その手はじめに、まず西ドイツのイリス商会を通じて大型のメルセデス自動印刷機が導入された。
社内には、時期尚早だという意見も少なくなかった。だれよりも、社長の山口忠造が桂治郎の積極投資路線に反対していた。資本金わずか百万円の若い企業にとって、資本金をはるかに超える大型投資は、常識的に見て危険いっぱいの冒険といえた。正直いって古いタイプの経営者である忠造が反対したのも当然であった。
だが桂治郎は、反対する忠造を説き伏せて大型機の導入を実現させた。ノーハウを売るという創業の理念をまっとうしていくためには、日進月歩の技術を取り入れ、それに見合ったシステムを開発していくことが不可欠だと考えたからである。
設備の近代化で後れをとることは、激しい競争に負けることでもある。従来どおり、お客さんの注文を誤りなく仕上げていく印刷だけで満足しているのならともかく、客先のハードウエアの技術進歩にともなって高度化するニーズに十分に応えていくためには、近代的設備と技術力がなければお話にならない。客先に「役に立つ」製品を届けるなんて夢物語に等しい。
設備をそのままにしていたのでは、技術の向上も望めない。思い切った設備投資は、それに付随して高い技術力を要求し、結果的に技術力を向上させる。さらに、それを有効に使いこなそうという要請が新しいシステムの開発を導きだし、システム思考を養っていく―桂治郎の考えはそこにあった。
翌三十五年、社内にシステム課を設置したのも、その考えに基づくものである。客先と一緒になって新しいシステムを開発し、あるいは適切なアドバイスをしていくことによって新しい営業を展開していくというのがネライである。強引とも見えた大型設備投資を決断するにあたって桂治郎は、これだけの背景を考えていたのである。
改めて彼の強い信念と自信を思い知らされる。彼の積極的姿勢は、常に、こうした思想のあり様に結びついている。
もうひとつ特徴的なことは、営業対象を最初から一流企業を中心にアタックしていった点である。桂治郎の考えによれば、一流企業ほど新しい考え方や技術に対して理解度が高い。もちろん、そこには、こちら側に「役に立つ」技術がなくてはならないのが前提ではあるが、うまくすべり出せば、需要もどんどん増大していく。加えて新しい技術に対して敏感であり、取り込みも早い。相手が新しいハードウエアを導入すれば、そこにビジネス・フォーム分野の新しいシステム開発の可能性がひらけてくる。いってみれば、桂治郎の経営戦略、戦術は、一貫して〝攻め″の思想で貫かれているのである。
現在、東洋ビジネスの顧客先を見るとわが国のトップ企業がズラリと並んでいる。有言実行、〝攻め″の思想の成果がそこにある。
「一流企業志向は、いまでも変わりありません。もっとも、一流企業は競争が激しいし、利益幅が少ないなどマイナス部分もかなりあります。そのうえ、わが社は体質的に中堅企業へのアタックが下手だということも問題点の一つですが、大企業のメンテナンスが十分にできるという評価の持つ意味は、はかり知れないくらい大きなものがありますからね」(桂治郎)
もちろん、今日の評価が確立されるまでには長い年月が必要だったことはいうまでもない。
〝攻め″の思想とはいえ、そこには、文字どおり血のにじむような努力があったことを忘れてはならない。
(敬称略)
<文・道田 国雄>

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